<証しTestimony  English


 

  私は、小学生のころから、苦しんだことを、いつまでも、心に、繰り返す、少年でした。 楽しかったことがあっても、苦しみの方が重く、忘れられない、性分を持っていました。些細なことでも、傷つき、無視されれば、ひどい苦しみを、味わいました。

  中学生のときの経験が、高校生になって、蒸し返してき、キリスト教の高校で、こんなことを考えたりしました。“神は、いるのか”と。

  そんななか、クリスチャンの、教師との出会いで、キリスト教に対する心は、ほぐれていきました。

  ある女性に対して、自分が、愛を持っていないことを、学校で使っていた、“愛なしには、生きられぬ”という本を通して、深く知ることになり、自分の罪の恐ろしさが、胸の奥底から、叫びとなって、高まりました。

  私は、自分の部屋の床の上で、苦しみもだえ、イエス様に、祈りました。目から、涙があふれ、“私の罪を赦して下さい。”と、祈りました。そしたら、神様のことが、分かったんです。イエス様が、十字架についたことも、自分の罪が、赦されたことも。

  イエス様が、全てを、知らせて下さいました。光に包まれ、平安と、真理の喜びが、私を包んだのです。

                          本部琢己。