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〜 論文 〜



甘味料を控えるという技術  2017/11/25(土)
アートの認識方法について  2017/11/05(日)
和カレーの作り方  2017/10/07(土)
人の目的計画とその脳回路について  2017/09/24(日)
分類法。  2017/08/25(金)
Cyber空間の今後  2017/08/21(月)
PCが普及した家庭において  2017/07/24(月)
文言の叙述法にまつわる感想形態。  2017/07/19(水)
マスメディアの罪。  2017/06/19(月)


甘味料を控えるという技術
甘味料を控えた料理は、古来のものと言える。

それは、人工甘味料以外にも妥当であり、旧来より人間はその使用を果物に頼ってきた。

甘味を料理に加えるのは、その同一的嗜好性によるもになっていて、人間は砂糖類を摂らなくても生きていける動物であり、その飼いならされた状態が、人間を糖類への渇望に仕立て上げている。

元来糖類と言うのは、飴玉のように、脳に直接リラックス効果を与えるものであり、料理に加えるべきではない。

それは、同一的舌上嗜好性、ステレオタンニングである。

そして、糖類を必要とされる以上に摂るもの、それはケーキ類や、高カロリーのお菓子となる。

それ以外に於いて、人間世界が糖類を料理に混ぜた時代は、古今東西存在しないだろう。

それは、近現代の製糖技術の為せる業だった。
Date: 2017/11/25(土)


アートの認識方法について
テキストでの認識は、高域知識者から、ある程度の同国言語認識者に至るまで、同様の認識知見は適当に該当できる判明基準はあるだろう。
だが、文字列以外の、認識方法。例をあげると、フィーリングで認識しやすい、感覚芸術としての音楽や平面芸術は、その構造力学まで認識されにくい運命にある。

テキストの認識法は、言語の単語が基になっているが、とくに音声関連の事であれば、その音声の基準言語が構成学にまで、認識の及ばない人々がほとんどであろう。

芸術の認識されにくい仕組みについては、芸術家にとってみれば、憂慮の対象でしかないが、認識論自体で言えば、二流アーティストの稼ぐ方法でしかない。

そして、大衆がフィーリング認識を下す、様々な作品の様式の中においても、視覚的、脳内認識的に、認知学としてまたは数式力学において、理解をするという技術を、芸術家が持っているのなら、それは、芸能をやる上での前提条件だと言える。

特に、感覚だけで済む大衆は消費者と呼ばれるが、つくっているほうのアーティストが、構造力学まで読めるくらいの力量がないことには、憂慮以下の評価と言える。
Date: 2017/11/05(日)


和カレーの作り方

 大鍋を熱し、水を中域まで入れて、昨晩の煮物(なんでもいい)を落とし込む。

 かぼちゃをスライスし、入れ込む。
 フルーツ甘み系を入れ込む。

 塩小さじ二杯。味噌大さじ一杯。ショウガ多め。コショー適度。醤油少々。かつお節少々。

 鶏肉を厚切りスライス、入れ込む。

 あと、酒(リキュール系&果実系)多め。

 以上。茶色くないカレーライスの出来上がり。
Date: 2017/10/07(土)


人の目的計画とその脳回路について
ヒトはなにかの目的を持つ。そして、それを成就するために、一生の間に企てを建てる。その企画の意味について触れるが、ヒトの脳は固定された方法に執着しようとし、それを離れられない脳内電流箇所過剰状態に陥る。

それが犯罪である場合、理性を犯し、そして現実判断能力を錯誤される事により、人間本来の自然界における感覚反応の正常さを失う。

それが、順犯罪である場合でも、理性を鈍らせることは同じで、人間としての脳的及び身体的な基礎能力を損なわせる。

固定化された、方法を脳内にもたげることは、人間の脳内・身体的、動的可能性を委縮させ、正常な身体への神経的作用性を鈍化させる結果、老化を激しくさせる。

自然界や、人間の社会環境は常に変応し、それに対応する動物としての人間は、即時の判断を常に迫られているが、それを十分に知っているのは、野生に生きる動物のみと言えよう。

そして、人間の脳の中に、パターン化された方法の図式構造が、埋没された理解や、認識能力そして、身体的健康を損ねる結果になるわけだが、人間のソーシャルライフにおいても、その各スキルとパワーステージに於いて歴然とした格差を従来より産んでいる。
Date: 2017/09/24(日)


分類法。

 分類に対し、知識と見解が必要と言える。

 分類を階層式にするのは、現代の蔓延しているコンピュータ関係のはなしだが、それをツリー式と言う。

 はたして、一般家屋内で、ツリー式にまでして、所持物を保管する人がいるだろうか。恐らく皆無であると思う。

 なので、一般家屋内での所持物の整理は、散在性整理型に適用すべきと考える。

 PC内の整理に関しては、フォルダツリー式。もしくは、昨今のクラウド整理型がある。

 そのフォルダツリー式のやりかたを、CDのラベリングに、展開すると、その保存当時の年代月日時刻形式ではなく、ジャンル×その時期のメインテーマ×セキュリティ様式 に、分けることができる。

 これは、わたしの分類方法だったのだが、音楽のジャンルは、CDのフィルム型連盤ジャケットの見える位置に、ミュージックテーマを書いている。ただし、重複するテーマジャンル場合もあるので、CDメディアは他のケースに移動する場合もある。

 その際は、自らのそのCDの楽曲が今の時期、他テーマへ移動したことを意味する。

 例示すると、過去においてテクノ様式だったものが、ライブ様式に代わっていることである。

 これは、個人的な判断と言うより、時代に沿った自らの分類形式に合わせたやり方なので、過去の分類法が、新様式に変わった証し。

 PCのフォルダ型にすれば、わたしは、時期の日付ではなく、古いデータに関しては、日本語で書く。

 例示:過去の記録。

 そのようにすると、意味が込められ、一目でわかり、ほとんど開かなくて済む。

 いわゆる、お箱入りの状態で、英語ではclosedを意味している。
Date: 2017/08/25(金)


Cyber空間の今後
サイバー空間の中で、コミュニケーションツールとしてインターネットラインを利用する仕組みは、その始まりより、依然変わっていない。

 それは電気的信号のつながりであり、空間をモニター上に演出すれば、仮想空間内として脳が認知する。

 なので、サーバーやクラウドの箇所は雲の上の出来事として、市民産業としては、わたしが、今どの位置にいるのかという事で、ある種の産業が生まれている。それは、実際の土地の上、地図上のことではないのが、安全面がインターネットに要請していることだろう。

 なので、コミュニケーションツールとして、その電気信号を利用するなら、利用者の空間内認識として、そのパートナーや、所属団体の相関スタンスが極めて重要になる。従業員同士のツールや、会社組織図の通りには運ばずに、やはり業務用は使用の不便さはこれからも、否めないであろう。

 かつて、マイクロソフトオフィスが席巻したのは、パーソナルの使用にも不服ない点であって、もし業容の仮想空間が出るとしたら、市民社会への転用を待つしかないか、ゲーム機のように利用料を払わざるを得ない。

 よって、こういう図式が成り立つ。インターネットという機械のラインは、市民社会は理解しないという事と、仮想空間の演出には利用料を取らなくてはならない。そして、現実のコミュニケーションは会話ではなく、実際の購買であるからして、チャット系のツールサービスは無料である事と、使いにくいことはこれからも否めない。

 産業の空白地点として、認識すべきことであるし、もし人がコミュニケーションをインターネットラインで完ぺきにしようとたくらんでも、実際の面談以上の効果はないのであるから、これもサービスとして完全化されない。

 インターネット産業の中で、成功したのは、マイクロソフトのオフィスであるとしか言いようがない。 
Date: 2017/08/21(月)


PCが普及した家庭において

 人間は機械の中でも集中演算処理システム(コンピュータ)を
 近代発明した。

 それが、家庭に普及するのを誰も信じなかった時代から、

 人間はインターネットを駆使し、家庭で集中母体コンピュータ(クラウド)との連携によって、サービスを享受している。

 これは、世界の歴史上稀に見る事件だが、

 その内訳は、その機械操作を世人が余儀なくされる点。

 もう一つは、マニアである生き方が肯定される点の二点だろう。

 人間は地域社会なりそしきに従属して生きてきたが、

 マニアのプロット層(同軸系)そして、マニアの購入(レンタル・配信を含む)という点で、出かけなくてもよくなった。

 これは、人間関係が粗悪になる要因をはらむインターネット学とは無縁のもので、あえて、趣味層とプロット層が多発すれば、心理学上の孤独が緩和される点で有益である。

 ただ、インターネットのそのネットの仕組みが、センターコア:シチズン端末、もしくは、プラットフォーム:セミコア:シチズンコンシューマとあえて、現時点で定義できるならば、

 それは産業として成熟した世界である。

Date: 2017/07/24(月)


文言の叙述法にまつわる感想形態。

 文字を書き連ねるには、書き手つまり著作者と読み手、読者が必要になる。

 その読ませる技術の中に、小説系、論文系、資本系、そしてプラウド系がある。

 そのプラウド系の中に、性描写系、そして神秘系が入っている。

 神秘系の中に、生物学、宇宙学、地層学など、時間を扱うものにかけては特に学問とは言えず、宗教の枠内ではないかと言われるものがある。

 もし、純宗教のものがあれば、脱税系であるのは必至で、

 きちんと国家が管理しなくてはならない。


 ここで、問題とされるのは、読者のスタンスが上がるプラウド系文体として、自慢となるものは、男性雑誌にはある。

 逆に知識層を抑えることができれば、それはそのひとの仕事のためか、錯覚の為にある。

 ここで、読者は本の選別が必要になる。

 現代昨今のソーシャルネットの記事は価値がない。

 ブログ形式のみ有価値と言えるだろう。

Date: 2017/07/19(水)


マスメディアの罪。

 マスコミュニケーションはソーシャルネットの領域に入っていると、
 今の時代の人たちは誰も疑わないだろう。

 なので、世論はネット環境、ユビキタス端末があれば、

 容易に確認出来る。

 TVというものは、視聴率計算機のせいで、悪いことは言わない。

 そして、TVに出る様な評論家は差しさわりのない話をTV局から要求される。

 ただ、新聞社としての仕事は、不明瞭である。

 評論がその人のフリーランサーとしての仕事であれば、

 収入は従来の紙媒体であるだろう。

 だが、新聞記者という輩は、新聞社の理念として動くのだろうか。

 報道や、記事というものは、裏付け調査が必要であり、

 地方紙が中央紙面から、テキストを買い取っているのではない限り、

 中央紙というものは、ただ、書くだけの仕事だったのだろうか。

 世論というものは、よく購買環境そして、政治環境に影響を与える。

 そして、人間の尊厳として、生きることを削がれる個人や、個企業への評論は、マスメディアに携わる新聞記事にとって、何だったのだろうか。

 それが、いい価値を産み出すきっかけとしての社の理念ではなく、

 記事を記者が書き連ねることで得た、新聞購読率というものは、

 果たして。


 なので、新聞記事というものは、世論をいい意味で引っ張らなくてはならず、

 かつての自民党総裁を褒めちぎっていた、その新聞社が

 言われないことはおかしい。


 おそらく、新聞社の内部には、土産品か金品がおおいのかもしれない。

Date: 2017/06/19(月)


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