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〜 論文 〜



文言の叙述法にまつわる感想形態。  2017/07/19(水)
マスメディアの罪。  2017/06/19(月)
若年者言語学。  2017/06/04(日)
権威の使い方  2017/06/02(金)
ファッションと社会人としてと言う事。  2017/06/02(金)
大衆産業の縁取りの中に於けるテーマ  2017/05/21(日)
男アイドルの終焉。  2017/05/13(土)
事業を立て直したい零細中小企業へ、  2017/05/12(金)
肥満体質の人間が仕事をしない理由。  2017/04/24(月)


文言の叙述法にまつわる感想形態。

 文字を書き連ねるには、書き手つまり著作者と読み手、読者が必要になる。

 その読ませる技術の中に、小説系、論文系、資本系、そしてプラウド系がある。

 そのプラウド系の中に、性描写系、そして神秘系が入っている。

 神秘系の中に、生物学、宇宙学、地層学など、時間を扱うものにかけては特に学問とは言えず、宗教の枠内ではないかと言われるものがある。

 もし、純宗教のものがあれば、脱税系であるのは必至で、

 きちんと国家が管理しなくてはならない。


 ここで、問題とされるのは、読者のスタンスが上がるプラウド系文体として、自慢となるものは、男性雑誌にはある。

 逆に知識層を抑えることができれば、それはそのひとの仕事のためか、錯覚の為にある。

 ここで、読者は本の選別が必要になる。

 現代昨今のソーシャルネットの記事は価値がない。

 ブログ形式のみ有価値と言えるだろう。

Date: 2017/07/19(水)


マスメディアの罪。

 マスコミュニケーションはソーシャルネットの領域に入っていると、
 今の時代の人たちは誰も疑わないだろう。

 なので、世論はネット環境、ユビキタス端末があれば、

 容易に確認出来る。

 TVというものは、視聴率計算機のせいで、悪いことは言わない。

 そして、TVに出る様な評論家は差しさわりのない話をTV局から要求される。

 ただ、新聞社としての仕事は、不明瞭である。

 評論がその人のフリーランサーとしての仕事であれば、

 収入は従来の紙媒体であるだろう。

 だが、新聞記者という輩は、新聞社の理念として動くのだろうか。

 報道や、記事というものは、裏付け調査が必要であり、

 地方紙が中央紙面から、テキストを買い取っているのではない限り、

 中央紙というものは、ただ、書くだけの仕事だったのだろうか。

 世論というものは、よく購買環境そして、政治環境に影響を与える。

 そして、人間の尊厳として、生きることを削がれる個人や、個企業への評論は、マスメディアに携わる新聞記事にとって、何だったのだろうか。

 それが、いい価値を産み出すきっかけとしての社の理念ではなく、

 記事を記者が書き連ねることで得た、新聞購読率というものは、

 果たして。


 なので、新聞記事というものは、世論をいい意味で引っ張らなくてはならず、

 かつての自民党総裁を褒めちぎっていた、その新聞社が

 言われないことはおかしい。


 おそらく、新聞社の内部には、土産品か金品がおおいのかもしれない。

Date: 2017/06/19(月)


若年者言語学。

 スタイルというものは存在している。

 ちょうど服装に例えられる。

 ファッションとしての着方もあれば、

 スーツを着るような人たちからは疎まれる。

 若年者は弱者層であり、社会的に力はない。

 なので、着飾る。


 着飾るフォルムが、彼らに被認知感を訴えさせる。

 大人たちは彼らがウザい。


 だが、言語学という点で考えれば、それは言語のトーン及び、

 論理的展開を繋ぐ接続詞という感じで、場が持つという、

 共通観念の場になる。

 だから、言語層には年齢層があり、

 若年者が人肌上げようともがくその最中に、

 大人たちの批判を随所に受ける。

 だから、若年者は若年層の中だけで生活を組もうとする。

 要するに、アルバイト層の固定化である。

Date: 2017/06/04(日)


権威の使い方

 人が人を否定する感情は忌み嫌われる。

 ただ、人を肯定していても相手方から否定される場合がある。

 これは人間社会の悲劇である。

 それは、特になってはならない上役は、既に人を否定する感情と

 己が上に立ちたいだけの顕示欲の塊であろう。


 ただ、権威を持っている立場の人間でさえ、

 人と平等に渡り合うことも出来る。


 それは、人間関係そのものが権威という武器で成り立つのではなく、

 人間相互の尊敬の念によって成り立てばそうなる。

 権力をかさにするときは、悪を断じる時のみであればよい。

Date: 2017/06/02(金)


ファッションと社会人としてと言う事。

 日本の企業形態として、派手な格好は慎むべきと元来言われる。

 そして、海外の楽な風潮のスタイルも聞くことはある。

 日本の時代劇はちょんまげを素晴らしく結っている。

 そして遊び人の町人はマゲが曲がっている。


 だが、現代の企業雰囲気は日本では下手な若い層のファッションも

 嫌われる場合があり、

 わたしは、そのヤングファッションに対し、二極の面を考えたいと提示したい。


 例えば、整髪料を使う場合、清潔感があれば、それはいいたしなみとして企業でもウケる。


 反対に、それ以外ピアスなどの企業運営と相いれない場合は、

 違うものとして扱われる。


 そして、企業によっては綺麗な髭は、企業人として間違わなければ、

 容認される場合がある。


 果たして、日本の力士にあるような、もみ上げを願かつぎとして、

 個性として(仕事ができるならば)容認される場合もある。

 なので、個性のファッションを一つの人間人体の素性の延長として、

 扱えば、それがオリジナリティを表すものであるのに対し、

 虚飾として扱われるような、ある意味無意味な大衆同一性とは

 区分される必要があると考える。

 女性のロン毛は美しいし、後ろにまとめることと、

 そして、後ろにまとめない仕事もあったりする。


 それは、毛髪だけの話ではない、特に靴ということに関しても、

 ビジネスシューズにあっても、微妙な差異はあるし、

 特にネクタイに限っても、センスというものはある。


 なので、スタイルのフォームという事で、

 時代による軽微な動向・チェンジはあったとしても、

 形式内におけるオリジナリティは、清潔感というテーマに沿えば、

 褒められるべきことであるとわたしは考える。


 要するに、フォルム内に於ける自由は、それを社会が容認することは、社会において重要であるし、

 全く、服装の違いのない世界は、刑務所などの可哀そうな

 状況下にあったりするのである。

Date: 2017/06/02(金)


大衆産業の縁取りの中に於けるテーマ

 人それぞれ個人的な生き方がある。

 個性は独自性と共に現れる。

 その極みは芸術そのもののはずであるが、

 それは、人間個人がどう世界を表現するかという形而上学におけるもので、 その頭脳と本心の発作のない人たちが大衆と文化的側面において揶揄されることがある。


 なので、若い世代には現代、TVが必要であるし、

 逆に、女性誌などに代表されるものは、その表現者にとっても、表現の枠からそれる人たちでも読めるように出来ている。

 表現とは、ある意味ファッションのことではあるが、

 女性用のそのファッショナブルな表現は、

 女性自身のあり方とは違う。

 だが、同一の意味を持つ人たちは男女共に、(産業的な言い方をすると)居る。

 なので、メインな情報発信者たちは、イメージの同一化を避けるために、その大衆産業の近似イメージとは逆な生き方をしているほうがいいのである。

 だが、大衆は新しさを欲する。

 それは、化粧品業界や服飾関係ではちゃんとした利潤を生む、
 カルチャーエコノミーであり、

 それを排斥しすぎる年配者が居ては時代が古くなる。

 要するに、理論的に言って、同一カルチュア、要するにセームカルチャー(ホモ・カルチャー)と同時に、内容のある人間の人生にとって必要なことをアレンジするようにすれば、その類と、その層狙いの産業は成功する。

 ただし、セームカルチャーに属する人間でも、

 人の悪意と善意は読めるために、モード・ファッション・デザイン関係は その仕事から難易度の高いものと言える。

                Takumi Hombu.
Date: 2017/05/21(日)


男アイドルの終焉。

 芸能社会の中で、アイドル産業の部門がある。

 アイドルは直訳すれば偶像の意味であり、

 そのタイプを崇拝するという意味がある。

 虚空のものを拝むというのは、古来の有名宗教上、禁止された事であり、 それがアイドル産業として、実質の事業であったか、近現代の事項としては、疑わしい。

 虚偽のポイントはそのアイドル産業がどれほどの収益を上げたか。

 そして、実質功、即ち企業用語の即戦力となった、有能な人材がアイドルの位置にいたかどうか。

 虚実でモノ・サービスを販売することは、企業営業上タブーであり、

 禁止されればされるほど、実質の価値を販売する方向へ赴く。


 その男アイドルの精神状態としては、やらされる仕事に対し、

 営業スマイル。 


 果たして、航空機内のキャビンアテンダントのスマイルの方が、

 実質な仕事であろう。


 従来、女性には微笑が似合うという、社会的なテーゼがあり、

 女性化粧学についてはここで触れないが、

 女性アイドルという存在は、実質的な業務金額として、

 十分な経済波及効果のあることは、否めない。


 元来、女性という生き物が、そのスタイルをもって、

 社会環境を美化しているのは言うまでもなく、

 女性という生き方が、多少様式を着物のように着替えても、

 男社会からしても文句は出ない。

 ただし、男がファッションめくことと、スマイルを同時に、手結える
 ことなのか、
 
 男が丈夫とか、ますらお と 呼ばれる古来からの勇猛果敢な存在として男女共の社会から仰がれる世界は常も変わらなかった。

 その故に、男に媚びを売るスマイルは必要ではないし、
 
 女性にはそれを許された社会的な道徳もある。

 要するに、芸能上のTVは、芸人が商品を売っているのではない以上、

 販売営業マンの繰り出すスマイルとは異を含む。

 もし、男が自らの微笑を売れば、それは娼夫と同意であり、

 みずからの仕事を知らないか、ひどい売買行為の中継地点である。



 
Date: 2017/05/13(土)


事業を立て直したい零細中小企業へ、

 事業の失敗談を伺うと、金銭繰りの低迷。

 そして、カイゼンという事に関し、従業員たちが路頭に迷う有様、等、
 
 めぼしいものでそういう理由になる。


 資金繰りには、銀行の利率の変更、支払基準の変更を頼み込むしかないだろう。

 だが、肝心の売り上げを伸ばすことについて、お粗末な見解しか持っていないようである。

 売り上げと利益は違うことに、要するに、銀行への返済を売り上げから計上しているとしか思えない。

 会社の存立は、銀行が貸してくれるステータスを会社が持つことではなく、 銀行に頼らない、要するに、月自の返済等、スムーズな会計処理のために、会社の存続理由を改めることである。

 会社の存続理由とは、金銭がらみではなく、社会への有償奉仕のことであって、経営陣は善義に長けていなくてはならない。

 その理念の善的意味合いが会社を存続させ、従業員に染み渡らすことのできる、モチベーションとなる。

 ヒト・モノ・カネ と言われるが、経営陣はカネ・ジンジ・コヨウ である。

 それでも、理念だけで貸す銀行はない。

 だが、私には自信がある。事業目的をグラフ図なしに銀行に持ち込み、 貸してくれるように頼み込むことを。


 経営陣がつたないカネの感覚で回っている以上、

 従業員の頭の中も、生活のカネだけだろう。

Date: 2017/05/12(金)


肥満体質の人間が仕事をしない理由。

 肥満体質の人間は、まず食欲を抑制できず、

 過食に至り、病的な性質を数ケ所自分の体内に有する結果となる。

 まず、心理判断的には、自らの客観的な外視点を失い、

 従業員同士の円滑なコミュニケーション力を激減している証拠となる。

 そして、その対象がお客様であった場合、

 外視点の無さから、顧客に横柄な態度を見られ、

 そのスペースごと嫌われる結果となる。

 そして、体力を使って働かない、つまり、余剰に食物エネルギーを採っておきながら、労働力に怠りを見せ、

 その、頭脳の計算軸、つまり経営の一員としての

 計算、(経理・管理)においての同様とした、ちぐはぐな概念を網羅し始める。

 労働を見くびり、怠ける結果として悪性肥満があり、

 ついには労働者でありながら、疾病を食らい、退職すれすれまでに持ち込まれる。

 未来に対する計算をあやふやとし、個別の家計の管理術にも、

 失態を見せ、金銭の流入量と流出量を見極められず、
 (自らの脂肪と同じように)

 組織で働く意味を貪欲にまかせ、

 仕事を見下すようになり、そして人を見下す目線を持ち出す。

 脳の中は快楽めいたことに酔い、ついには、経営環境の一員である自命を忘れ、同じ言葉を連鎖し、立場があれば下を猛撃することで、

 自尊心と仕事欲を満たそうとするため、

 経営組織にとって、厄介どころか、不必要な人間として扱われる。


                     Takumi Hombu.
Date: 2017/04/24(月)


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